結火・むすび / Vol.10
ネパール国
ネパールは、南アジアの国。首都はカトマンズ。ヒマラヤ山脈の南側のふもとに位置し、インドと中華人民共和国に隣接する。なお、東のブータン王国とはインド・シッキム州によって隔てられている。
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『でんきを消して、スローな夜を』わたしたちが呼びかけている「スロー」という言葉、日本では「ゆっくり」ですね。同じアジアの国、ネパールでは「ビスターリ」と言うんだそうです。ヒマラヤの国、ネパールのカトマンズに生まれ育ち、自らの身体の中にある「ビスターリ」な時間を弾き、歌っているのはシンガーソングライターのbobin。最近リリースされたばかりのアルバム『Rainbow vibration』では、キャンドルの灯火に人生をなぞらえた『Slow Burning』という曲が収録されています。

Fuji Rock Festivalなど大型フェスティバルにも出演し、多くの観客の心を動かしているbobinの歌声は、100万人のキャンドルナイトが行われる夏至の夜、代々木公園の夏至フェスや世田谷教会にも響き渡ります。

「今年は、『ビスターリビスターリ』をテーマに、日本全国、そして世界中を旅して歌って伝えていきたい」。今夜は、bobinの「ビスターリ」な物語をお届けします。




BOBIN BAJRACHARYA  ボビン バズュラチャルヤ
シンガーソングライター

1976年、ヒマラヤの国ネパールのカトマンズに生まれる。幼い頃から西洋音楽に影響を受け、音楽を始める。1996年、留学のため来日。自分のルーツであるネパールの音楽と、影響をうけた西洋音楽をミックスした新しいスタイルを目指す。2006年夏至、「100万人のキャンドルナイト」の呼びかけを受けて代々木公園で開催された「GESHI FES 2006」に急遽大トリとして参加。キャンドルを手にした3000人の前で「Slow Burning」を披露した。生まれ育ったネパールの文化と仏教思想を縦糸に、Bob Marley、Bob Dylan、Grateful Deadら影響を受けたミュージシャンを横糸に、独自の音楽と精神性を紡ぎ上げる。

1996年、bobinは20歳のとき、留学のため来日しました。12年の時が経った今、Fuji Rock Festival、Rising Sun Rock Festival、Earthday Tokyoなど大型フェスに出演し、bobin独自の真摯で率直な音色は広がりを見せています。しかし、ネパールにいた時も、来日した時も、ミュージシャンになろうと思っていたわけではないそうです。

「15、6歳くらいからネパールでもギターを持って歌ったりしてたから、今もその頃と同じことをしてるだけなんだ。歌は自分のために歌ってる。歌うことは、ぐるぐるまわる、人生そのもの。だから今でも自分のことをミュージシャンと思ってはいない。アーティスト、ライター、ミュージシャン...、そういう人たちと同じで、ビジョンを表現しているだけだから。僕は音で自分の中のテーマを表現できるから、それがいいと思ってる。」


自らをミュージシャンとは名乗らず、「音の職人」だとbobinは言います。

「ライブはすごく好き。音楽って、音の糸で紡ぐカーペットみたいなものだと思うんだ。歌を歌う僕も、それを聴く観客も、みんな1つになって音が紡がれていく。」bobinの故郷、ネパールではカーペットが有名です。特に象徴的なのは、曼荼羅(マンダラ)模様。日本語の「まだら」はこの曼荼羅が語源になっていますが、バラバラの個が一緒くたになっているのは日本では良いとされないことから、「まだら」な色合いというとあまりポジティブではない言葉に捉えられます。だけれど、本来人間は1人1人違って当たり前のもの。bobinが奏でる音も、音の曼荼羅なんですね。

bobinさん出演のイベント情報

GeshiFes2007
6月22日(金) 夏至 17:00〜21:00 代々木公園野外ステージ
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キャンドルナイト〜SLOW BURNING〜
6月24日(日) 16:00〜20:00 カトリック世田谷教会(下北沢)
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「僕が歌い始めてからずっとテーマにしてるのは、歌は自分の鏡ということ。何をもって自分とするのか、というのを考えて、形にしていけば、周りと違うところなんていくらでも見つかるし、良いところもいっぱい見つかる。よく、世のため人のためとか、地球を守ろうとかいうけど、僕はあの言葉が嫌いなんだ。地球は守らなくたって存在していくんだし。でも、そういうことを考えるのは大切。自分のことを真剣に考えれば、自然と、自分が暮らす地球のことを想って生活するようになるし、友達や世の中にも優しくできるようになる。それは特別なことでも、お金をかけることでもない。ふつうのこと。」

表現するものに自らの人生をなぞらえるのは、「結火」7通目でお送りしたCandle JUNEさんの「キャンドルの火と共に自らの生を見つめる」という姿勢に近しいものがありますね。

「そう、JUNEとはいつの頃からか、一緒にやるようになったんだけど、元々近いものをたくさん共有していて、それが気持ち良くシンクロしてきたんだ。彼は本当に真剣だし、その想いに共感するから、キャンドルを背負って歌の旅に出たんだ。」


と言うbobin、去年の3月、JUNEさんの大きなキャンドルを抱えて旅をしながら、火を灯し、歌を歌い続けたんだそうです。

「キャンドルに初めて火を灯したのが沖縄の石垣島で、最後に灯したのが広島。偶然だったけど、すごく意味があるよね。こないだ、JUNEにぼろぼろになったキャンドルを返したんだ。そしてまた新しいキャンドルをゆずりうけたから、今度はそれを連れて世界へと歌いに行きたいと思ってる。」

JUNEさんがキャンドルに自分の命の火を灯して、それを広げているように、bobinも自らをなぞらえて歌を歌うことで、広げていってるんですね。

「自分てものが分かったら、その自分をどれだけ増やしていけるかっていうことが大切。そうなるには、時の流れをビスターリにするんだ。仏教で、『止まっている水には顔が映るが、流れている水には映らない』という言葉がある。心も同じこと。ビスターリ、スローな時間ていうのは、目に見えてのんびりすることではなくて、忙しい生活の中でも自分の中の時間ていうものを持つことだと思うんだ。」




1st Full album「Rainbow Vibration」
2007.06.05 release
¥2.300

ソロ名義では初と成る待望のフルアルバムをリリース。レコーディングには朋友、MAJESTIC CIRCUSやDachambo、そして自身のバンドmantraのメンバーが参加し、bobinの持つ世界をさらに素晴らしいものに昇華させました。キャンドルの灯火を人生になぞらえた「Slow Burning」をはじめ、ライブでプレイされ音源化の要望が絶えなかった名曲の数々が収録されています。
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心の時間まであくせくしていたら見えない顔も、静かに流れる水は透き通って、顔がくっきりと映ります。

「みんな分かっているようで、なかなかできないからエコセレブとか、贅沢をしないとできない生活のように目に映るけど、本当はそんなことはない。足し算じゃなく、引き算の暮らしなんだよね。僕が歌を歌うのは、そういうスタイルを音にして伝えていきたいと思っているから。キャンドルナイトも、電気を消してキャンドルに火をともそうよ、ていうふつうの暮らしの中でできるスタイルの提案だから、すごく共感して、キャンドルナイトの場で僕が歌を歌う意味があると思って、続けてる。」

引き算で作る当たり前の暮らしは、ネパールの人には既に分かっているもの。bobinの奏でる音は、そういう暮らしがなかなかできないでいる日本の人たちこそ必要にしている音色だから、bobinは日本という場所から離れないで、歌ってきたんだそうです。

『灯りを消そう 光を落とそう キャンドルを灯し 輪になって座ろう スローでワイルドな炎の舞を見つめよう そして最後の一光まで燃え尽きるのを見守ろう 時はスローバーニング』

これは、『Slow Burning』の一節を和訳したもの。まるで100万人のキャンドルナイトのために作られたかのようなこの曲も、他の曲も、bobinが創造する歌詞はそのまま詩集になりそうなほど、言葉の並びそのものが印象的で、心にあたたかい火が灯るような真摯なものばかりです。この曲が収録されているニューアルバム『RainbowVibration』のジャケットにはオレンジ色の円の中に、蓮の花が咲いています。蓮はアジアを代表し、仏教や智慧の象徴の花で、その生命力の強さが特徴とされています。柔和な人柄と、アコースティックギターから察するに、ごく優しい癒し系の音楽かと思えば、それだけではありません。真摯で、力強い想いをこめて、1つ1つ、意味のある言葉を紡いでいる音の職人、bobinは、華やかな笑顔の下に深い命の強さをたずさえた、蓮の花のような人です。

「日本も、経済的に本当に豊かになって、精神的にfreeなクリエイターたちが増えてきている。今ここで、表面的なスローな暮らしじゃなく、本質的なスローな暮らしとは何かってところまで掘り下げられるかどうか、というタイミングにきていると思う。5年目を迎えたキャンドルナイトも同じ。まずは、自分を知って、それを伝えて行く。その繰り返し。」

仏教の言葉で、まだ眠っていて目覚めておらず、世の中を知らない状態のことを「無明(むめい)」と言います。産まれてすぐに目を開いて世の中のいろいろを見てきているわたしたちは、ある程度の年齢から大体のことを分かった気になっていますが、実は本質的なものは何も見えていないのかもしれません。

電気の光を落として、暗闇の中キャンドルを灯せば、今までは目にしたことのなかったものが見えてきます。それは仏教でいうところの「悟り」ほど、大げさなことではないかもしれないけれど、身体の中の水は、自分だけの、ビスターリビスターリな流れに変わることでしょう。

22日の代々木公園での夏至フェス、24日の世田谷教会。bobinの音、キャンドル、そしてみなさんの心が混じり合って暗闇に曼荼羅の糸が紡がれる夜を心待ちにしています。

むすび書き:香音(かのん)